カナダ留学→就職→解雇→再就職の2年半を振り返る

私は現在、バンクーバーにある日系企業で、グラフィックデザイナーという名の雑用係として勤務しています。

ウェブ関係へのキャリアチェンジを目指しカナダに来てから早くも2年半が経過しましたが、その間に留学→就職→失業→再就職という目まぐるしい変化があり、当初の目標を達成することはできていません。

就職や結婚などさまざまなライフステージで、こちらでの生活をポジティブなものにしている人たちのツイートや体験記を目にしますが、私の場合はどちらかというと失敗談のため、断片的な投稿はしているものの記事を書くことは気が進みませんでした。

しかし、最近ようやく次のステップについて考える余裕ができたため、一旦これまでのカナダ生活を振り返ることにしました。

カナダ移住のきっかけ

Cambie x W10thからダウンタウンを望む

2018年10月、私は新卒から勤めた建設コンサルタント会社を退職し、単身カナダ・バンクーバーにやってきました。

私は10歳のときにYahoo!ジオシティーズで初めてウェブサイトを公開したり、高校生のときには独自ドメインを取って趣味の自転車についてのブログを書くなど、以前からウェブに対する関心がありました。

また、新卒で就職した建設コンサルタントでは、業務の傍らで自社サイトの改善を提案・実行し成果が出せたことで、次第にその方面へのキャリアチェンジを意識するようになりました。

そこで、ウェブ業界で働くための学習と、ワーホリビザとは別の就労ビザを得るため、バンクーバーにあるブリティッシュ・コロンビア工科大学(BCIT)に留学することにしました。

ブリティッシュ・コロンビア工科大学に留学(2018年10月)

BCIT ダウンタウンキャンパス

ウェブ関係でも複数のコースがある中、1年間の座学ののち1年間のオープンワークパーミットがもらえるNew Media Design and Web Developmentコースを選択。それに加えて1年間のワーホリを組み合わせた計2年間のビザを確保する予定でした。

学費は1年間で約15,000ドル(当時約120万円)。また留学中にアルバイトはできないと考え、当面の生活費を含めた計300万円を用意。学生時代から積み立ててきた投資信託をすべて解約してしまいました。

他にはDigital Design and Developmentという、Diplomaとポスグラビザ(3年分)がもらえる2年間のコースもありましたが、こちらは予算不足で断念。

学習内容についてはここでは詳しく触れませんが、当時クルマの免許に例えたこういうツイートをしました。

授業内容自体に15,000ドルの価値があるかというと、全くそんなことはありませんでした。そもそもその授業料は留学生向けで、カナダ人や永住権保持者なら半分以下。

デザインやマーケティング、動画制作など、ウェブ開発以外の内容にも多くの時間を費やし、非常にもどかしい思いをしました。

とはいえ、卒業に必要なインターンをきっかけに就職の機会を得たことや(後述)、学生時代に金銭面で諦めた海外留学をやっと経験できたという意味では悪くなかった、と自分を納得させています。

デザイン会社に就職(2019年9月)

Signalsのトップページ

コース修了前最後の1ヶ月間は企業でのインターンが必須でした。十数社にメールを送り、バンクーバーにあるデザイン会社、Signals Design Groupでインターンの機会を得ました。

そして、インターン終了後にフルタイムのJunior Web Developerのオファーをもらい、勤務することになりました。

未経験の場合、仕事を見つけるまでに数ヶ月はかかるだろうと聞いていて、自分もその覚悟だったのですが、インターンを機にあっさりと就職できたのは本当に幸運でした。

仕事内容は、WordPressとNext.jsを使ったコーポレートサイトの制作・更新が主な業務でした。

主なクライアントは不動産デベロッパーで、高層コンドミニアムやタウンハウスなどの各物件ごとにミニサイトやLPを制作して情報をアップデート。

また、カナダのみならずアメリカのシアトルやサクラメントのクライアントもありました。時差がないこと、カナダのほうが若干給与水準が低いためアウトソース先になっているとか。

ダウンタウン中心部にあるオフィスビルで、カナダ人のマネージャーやデザイナーと一緒に英語環境で働き、街を歩いていて見かけたことのある企業やイベントのウェブサイト制作を担当できるのはとてもやりがいがあり、毎日楽しく働いていました。

経営不振&コロナでオフィスが閉鎖、失業(2020年3月)

年が明けてしばらくした頃から異変が。突然社長が交代し、社員全員と面談の場が設けられました。そのときは単に新任の挨拶みたいなものかと思っていました。

しかし、2月にはメインのオフィスでレイオフがあったと聞き、一気に不穏な雰囲気に。私も含めたダウンタウンオフィスのメンバーがそちらに移るかもしれないという話も耳にしました。

さらにちょうどその頃、新型コロナウイルスがここBC州でも確認されました。当時はまさかここまでひどいことになるとは想像もできず。

そして3月中旬、経営不振とコロナを理由に、自分が勤務しているダウンタウンオフィスの閉鎖が決まり、デザイナーとデベロッパー全員がレイオフされました。

人生で初めて自分が解雇されたということを受け入れることができず、同僚のほとんどが残りの期間をリモートワークに切り替えた中、私は名残を惜しむように最終勤務日の3月末まで毎日出社し、残った仕事や事務用品の処分を手伝いました。

半年間の無職生活(2020年4〜9月)

当初、数ヶ月も経てば元通りになるだろうと楽観視していましたが、全く見通しが立たず、楽しみにしていた東京オリンピック観戦のための一時帰国もなくなり…

飲食や小売のように営業停止になったわけではなく、自分の周囲のウェブ関係でレイオフの話はほとんど聞かなかったため、なぜ自分だけがという気さえしました。

以前のように求人サイトで仕事を探し始めただけでなく、ウェブ開発に転向するためReact.jsの学習をしたり、パートタイム&フルリモートで働いたりと試行錯誤しましたが、暗く狭いベースメントの部屋で誰とも話さず作業するのは身が入らず、鬱屈した日々が続きました。

幸い、国籍や永住権すら無い外国人の自分でも失業保険を受給することができ、しばらくの間家賃と食費をまかなうことができました。この点については本当にカナダ政府に感謝しています。

また、平日夕方に必ずジョギング、休日は趣味の自転車やハイキングに出かけて、なんとかメンタルを保つことができました。

再就職し、就労ビザ取得(2020年10月)

就労ビザの期限まで残り半年を切り、さらにコロナの影響でワーホリビザへの更新が絶望的となった秋、ウェブ関係での再就職を諦め帰国することを考え始めました。

そして、どんな仕事でもいいからとりあえず自宅の外に出たい、ビザの期限ぎりぎりまで働きたいと考え、とある日系企業に応募しました。

たまたまその企業ではグラフィックデザイナーのポジションが空いており、私はフォトショップとイラストレーターが多少使えることから、後任として働けることになりました。

収入は以前より下がってしまい、金銭的に余裕のある生活はできなくなってしまいましたが、ひとまず毎日通勤して働ける場所ができたことに安堵しました。

また、年明けにビザの期限が切れることを相談すると、LMIA(雇用主限定ビザ)のサポートをしてもらえることになりました。その直後、カナダ政府から急遽ポスグラビザ延長救済策が発表され、結果的にLMIAの必要はなかったのですが…。

2021年春現在も同じ会社で働いており、すでにSignalsで働いていた半年間よりも長く勤務しています。今はデザイナーとしての業務だけでなく、材料の仕入れ・商品配達・機器の修理などの細かいタスクに日々追われています。

キャリアチェンジ失敗と今後

このように、私はカナダ渡航前に計画していたキャリアチェンジに失敗してしまい、さらに30歳を迎えてしまいました。

もしも今、カナダ渡航前の2018年に戻れるとしたら、当時の自分に「実務経験を積んでからでも遅くない、ワーホリビザに固執するな」と言いたいです。当然かもしれませんが、1年間の留学よりも、その後の半年間の実務経験のほうが格段にスキルの向上を実感できました。

コロナさえなければ・・・と言いたいところですが、レイオフの対象となり次の仕事も見つけられなかったのは自分の能力の無さに他なりません。

ポスグラ、ワーホリ以外にも就労ビザを取得できる方法はあり、ビザを出してでも雇用したいと企業から思ってもらえるほどの技術を身につけることのほうが重要であることを思い知りました。

現在:永住権取得を目指す

現在の目標は、カナダ永住権の取得です。

バンクーバーは日本の大都市と比べると規模が小さく、知的好奇心を刺激するモノやイベントが少ないため、正直なところここでの生活に飽きてきています。

けれどもそれは、現在の自分が独身で、親しい友人もいないからであって、もし将来家庭を持つことがあれば、視点が変わって豊かで魅力的な街に見えるかもしれません。

近い将来、日本に帰ることがあるかもしれませんが、その後またカナダに戻りたいと思ったときのことを考え、今は永住権取得を目指して(維持には条件・期限がありますが)貯金と学習を続けることしかないかな、と思うところです。

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